be myself

人を怒らせたときの対処法

人を怒らせるってどんな時だろう。

私は結構人の顔色を伺う所があるので、
それは良く言えば、「空気が読める」って事にもなるけど
そういうの無しに人といい関係を築ける人を
昔からすごく羨ましいと思ってた。

中学校の部活で
コーチと目が合ったので笑顔になったら
「なに笑ってるねん、バカにしとんか?」って言われたことがある。
この時、すごく怖かったこと
今でも覚えている。

こちらとしては本当に悪気無く、
ただ、コーチの事信頼してたし、
何となく笑っただけなのに
怒らせちゃったって落ち込んだ。

こういう事って日常にたくさんあるよね。

看護師をしている時も
物凄く時間に追われていて
わー(´;ω;`)ってなってる時に
「なんでそんな態度なん(# ゚Д゚)!」って
怒られることもあった。

別に、あなたに対して怒っているわけじゃない
凄く急いでるんだよ!
そっちこそなんでそんなこと言うの!って
その時の私の心の中ww

これ、そのままぶちまけていたら
大喧嘩になるところ
どっちも悪くないのにね。

多分、コーチも、私も、私に文句を言った人も

相手を怒らせたのは本当に自分なのか


其々にそれぞれの事情で

「心に余裕のない状態」
だったんだろう。
たまたま、機嫌が悪かったとか、
心の余裕がないとか、痛みがあったとか疲れていたとか、心配事が重なってたとか
本当に個人的な個別的な理由で、
心の状態が乱れていたから

「自分の事を笑っているように見えた」
「自分に意地悪をしているように感じた」

だけなのに。

後、元々その人が持ってる心の癖もある。

 

私、父がよく怒って暴れる人だったので
日々、父を怒らせないように怒らせないようにって気を遣って暮らしていた。
私はそうやって幼少期から過ごしていたので、
それが癖になっていて、いまだにその癖が抜けない

だけどそういう風にしていると、とても窮屈だし疲れる。

私のような両親の影響があるって人は多いと思う。

ただ、ここ最近になって
そういう気づかいを辞めることにした。

何でかって言うと、とても不毛に感じたから。

だって、どんなに気を遣っていても
相手の気分次第で自分の行動をいいようにも悪いようにも考えるって事でしょ?

相手がどんな気分なのか、どんな事情を持っているのか

そんなの分るわけがない。

そして、それは自分の事情を相手が知らないってこと

心理学的には、相手は自分の鏡で
相手が起こったという事は
自分の中の何かに反応したのだと
考えることも出来るけど、

それさえも相手(自分)が勝手に反応しただけで
自分(相手)には何の責任も無い。

何か人を怒らすような出来事があったとしても
その原因を「自分(相手)のせいにする」ってことは全然解決にならない。

そうなると、自分(相手)の感情が揺さぶられるもとになったのは
他者や外の世界のせいではなく

自分自身の中にしかないという事になる。

逆に言えば
怒られるという事があったとしても
相手を怒らせるような人間だと
自分の価値を自分で下げる必要はない。

相手が自分の価値をどう見ようと
それは相手の勝手であり自由だから
何も恐れる必要はない

怒りを向けられた時の私の対処法

まぁ、でも怒られたり敵意を向けられたりすると
怖いし悲しいし恥ずかしいよね。

だから、起こられて平気になることは
難しいよ。

出来るなら、そういう場面には出会いたくないなぁ。

ましてや、「あなたの問題です!」なんて言おうものなら
火に油を注ぐことになって
後から手が付けられない事になるもんね。

それに、言い返す事って難しい
私は身が縮こまっちゃって
固まってしまう。
声が出なくなる
思考が止まってしまう。

だから、相手を怒らせてしまった時は
ひたすら謝る。

これしかない

相手にも非があるって思っても
まず謝るww

決して、バカにしているんじゃない
本当にバカにしてるわけじゃない

だけど、感情が高ぶっている人には
何を言って通じない

これは精神科で散々経験したことで
多分人間相手のサービスをしてる人なら分かると思うけど

人って、一旦感情が高ぶって相手を責めてしまっても
落ち着いて考えると
「やっちゃった」って思っちゃうもんで

まずは落ち着いてもらう事が一番

その方が、それ以上お互いに傷が深くならずに済む。

感情ぶちまけてスッキリするならいいんだけどね。

私の経験上、後で後悔する方が多いと思う。

精神科で常に怒声を上げている患者さんの心とは

精神科で働いてる時
常に怒声あげてる人がいて
単にうるさいだけじゃなくて「業務妨害」と思う程だったけど、
「あんなに素直に感情表現できて羨ましいわ」って思ってた。

でも、そうやって感情をぶちまける患者さんは
そうすることで自分を責め続けてたんだと
今になって理解できたような気がするんだよね、
つまり、分かりにくいけど「自傷行為」

相手を傷つけるだけじゃなくて
自分も傷つく

だから、相手を怒らせたからって
自分を責めるのだけはやめようと思った。

誤ったからって、自分の非を認めたからって
自分の価値は変わらない。

大丈夫

で、相手が冷たいとかイライラしてるとか自分に八つ当たりする時って

「もっと近づいて欲しい」って

事かもしれない。

特に親子関係ではそういう事ってよくある。

反抗的な子どもとか、学校で問題行動を起こす子って
よく人間関係に飢えてるって言われるけど
本気で向き合ってくれる人を求めてるんだよね。

体裁とか、役割で付き合うような
うわべの関係じゃなくて
魂のぶつかり合いというか
本気の本音のところはどうなん?って感じ

ちょっと余談「金八先生」

昔、金八先生っていうドラマがあって、
金八先生の情熱をもって生徒たちが成長していくんだけど、
そこにも、先生という役割や地位に奢ることなく
真剣に相手に向き合う事で
生徒たちが変わっていったんだろうな。

金八先生は、自分が変わることを恐れてない

失敗して恥ずかしくても

それを隠したりしない。

金八先生は、そのままの自分を受け入れてる。
だから周りに受け入れられるんだよね。

 

 

 

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